有機農業 特別対談

日本オーガニックカレッジからのメッセージ

日本オーガニックカレッジ 理事長 田邊真三 × 副理事長 伊勢村文英

  
Q.有機農業家になった経緯を教えてください。
伊勢村私は、もともと一般の家庭で、父はサラリーマンでした。祖母が農家をやっていましてね。私も、もともとサラリーマンを3年ほど経験しました。それから慣行農業をやっていました。そしてあるとき、子育ての真っ最中でしたが、そのときにレイチェル・カーソンの『沈黙の春』*1ですとか、有吉佐和子の『複合汚染』*2といった本が出版されていまして。それまで、農薬、化学肥料というもの対して不安を持っていたんです。そのなかでより安全なものを食べたい、作りたいという気持ちが高まっていたんですね。それで、いろいろと試行錯誤しているときに、田邊さんのお父さんも会員であった全国愛農会*3という組織がありまして、その会員になったのがきっかけです。当時は、消費者側からも安全なものを食べたいという要望がありました。1970年頃の話です。

*1『沈黙の春』レイチェル・カーソン
*2『複合汚染』有吉佐和子
*3愛農会とは、「公益社団法人全国愛農会」のこと。1945年に小谷純一が16名の同志とともに愛農会の前身となる愛農塾を発足。そこから発展して生まれた。農業・農村の担い手養成を中心に、持続的で平和な農村・社会を実現しようと国内外で多様な活動を続けている。

田辺父が有機農業をしていましたので、私はその二代目となります。物心ついたときから有機農業というものが身近にありました。全国愛農会の話も父親から聞きながら、中学を卒業して進路の話になったときに、愛農学園に進学したらどうか、とすすめられて愛農学園に進学しました。そこで初めて、有機農業とは、こういうものなんだ、ということを実感しましたね。それから有機農業に対する思いがだんだんと強くなったといえます。
伊勢村日本にはかつてオイルショック*4がありました。これによって、日本は経済的にも世情も不安定な状況になったんですね。そういう状況のなかで、そんなことに右往左往しない、安定して持続可能な農業というものはどのようなものだろうか、と模索していたんです。そうして考えてみると、日本に合った農法、神石高原町ならではの農業のやり方は、有機農業だな、と思ったんですね。
田辺農業の魅力というのを感じたのは、愛農学園から八ヶ岳の大学*5へ行ってからです。農業の魅力、農業っておもしろいな、と気づいたんです。その思いが高まって、海外にも行ってみたいと思ってスイスの有機農業家のもとで研修を経験しました。そのとき、海外の人の有機に対する考え方はすごいな、と思いましたね。自分も日本に帰ったら、こういう農業をしたいな、と思いました。なにがすごいかというと、子どもへの教育です。日本であれば、たとえば農家に生まれて、三人兄弟がいたとすると、たいていは長男に農業を継がせると思うんですね。しかし、ヨーロッパでは、こういうすばらしい農業を長男だからといって簡単には継がせないんです。三人兄弟で競わせて、誰がやるのかを見極めて継がせるんですね。
伊勢村田邊真三さんが、八ヶ岳の大学*6に行ったり、海外に行ったりというのは、知っていました。有機農業というのは、日本だけのものではありませんから。グローバルに見て、というのもいいし、昔ながらの知識、技術を駆使したものもありますし、それはいいと思いますね。

*4オイルショックとは、1973年と1979年に始まった原油の供給が減り、原油価格が高騰、これにより経済混乱が起きた事象。日本では石油製品が不足すると風評が起き、トイレットペーパーの買い占め騒ぎなどが起こった。石油危機、石油ショックとも称されている。
*5愛農学園とは三重県伊賀市の「学校法人愛農学園農業高等学校」のこと。農業、聖書、寮生活を教育の三本柱としている少人数制の高等学校。有機農業の実習を重視している。
*6八ヶ岳の大学…八ヶ岳中央農業実践大学校。昭和13年に設立。長野県八ヶ岳のふもとにある。

田辺海外研修などをして、自分の家に帰ったら、父親に有機農業についていろいろ聞いてみたいと思っていたんですが、私が帰宅して3日後に父が突然、他界してしまったんです。家にもどったら、父親にいろいろ聞いてみたいと思っていたところなのに……。有機農業について話を聞くというと、愛農会の人か、地元では伊勢村さんしかいらっしゃらないという状況でしたね。ですから、神石で実際に有機農業をされている人は、どのようにされているのかな、と。伊勢村さんの有機農業を見せてもらって私なりに勉強をさせてもらったという経緯があります。

Q.二人に共通する有機農業とは
伊勢村:薬がなくても、野菜、米をつくっていたわけです。どういうやり方でやっていたのかな、と。
田辺:僕が思うのは「人づくり、土づくり、村づくり」というのが遠くの視点で考えると同じではないかなと。
伊勢村昔、充分な資材がなかった時代に、病気や虫に対して、昔の人はどうやって防除していたんじゃろう、というのがありますね。薬がなくても、野菜、米をつくっていたわけです。どういうやり方でやっていたのかな、と。それをめざしていくのが有機農業のおもしろいところです。それを掘り起こして、今の技術を加えていくと相乗効果があるんではないか、と。そうすると、すごい野菜ができるんではないか、と。地域の資源を有効に使って、それを数字であらわせるようにしていくということもあるようなので、それがおもしろいところかな、と。

Q.研修生の受け入れは、いつから行なっているのですか。
伊勢村:40年くらい前から、有機農業の研修生を受け入れてきました。
田辺:私は30歳のときに、初めて研修生を受け入れました。そのときは1名でしたね。
伊勢村愛農学園というのは三年制ですが、四年目が専攻科といいまして、最後の一年は実際に有機農家へ研修に行く、という流れがあります。そういう研修生は、教えるのも楽ですね。学校ですでに勉強していますから、1のことを言えば、1のことのすべてがわからなくても、ほとんどは理解してくれます。しかし、そういった教育を受けてこなかった一般の人が研修生としてくると、1を言っても、その10分の1くらいしか理解してもらえません。ですから、有機農業をまったく知らない人を受け入れるとたいへん苦労しますね。そういう場合は、とにかく一つのことをずっと継続させて、わかるまでやってもらうようにしています。
田辺今のお話は、私の場合もまったく同じです。研修生もいろいろ考えている人がいるので、こちらが思うようには動いてもらえないということがあります。どうすれば本人が動けるかな、と考えながら仕事を与えるようにしています。技術的に難しいところはそのハードルを低くしながら与えていますね。
伊勢村有機農業研修生を受け入れたのは、全国愛農講座へ講師としていったときに、研修生の受け入れを要請されたんですね。以来、約四十年間にわたって研修生を受け入れてきました。一年に一人という割合ですから、これまでに延べ四十人の研修生を受け入れてきたということになります。短期の研修生を加えると五十名以上になりますね。短期研修生というのは、十日間くらい。短期研修というのは愛農学園の生徒が夏期講習の一環としてくるんですね。
田辺:最初は口コミでした。長期で10名、短期で10名くらいでしょうか。長期というと2年くらいですね。
伊勢村:私のところも二年くらいいるという人もいましたね。短期の場合は、一般の人でも有機農業の体験ということで来る人もいました。

Q.研修内容というのはどのようなものですか
伊勢村短期の場合は、来た時期に合わせて、カリキュラムを組まずその時期の作業をやってもらいます。長期の場合、1年のリズムのなかの研修になるので、農業のサイクルで言えば、本当は1月末には研修に入ってもらいたいのが本音です。ただ、一般的には年度末という考え方で4月から開始になるため、農作業の年間計画から見ると、中途半端になってしまうということは否めませんね。

Q.そのなかで研修はどのように行なわれるのですか。
田辺:伊勢村さんのやり方は、有機農業の原点だと思います。
伊勢村私の場合、研修生に対しては私の経営のやり方のなかに溶け込んでもらうという形で、昔でいう丁稚奉公(でっちぼうこう)のように寝食をともにしながら、有機的生活のなかで生まれる有機農業をめざしてきました。ただ「有機農業をしている」というだけでなく、生活も有機的な生活をしながら生まれる経営が有機農業だと思っているからです。研修生が来た場合、なかにはいろいろ本などで勉強してくる方も多いですが、まず来てもらったら作業を目で見てもらうことにしています。本の内容と現場ではまったく違うことも多いので、まずはそのギャップに気づいてもらう、というのが私のやり方です。
田辺私は受け入れ始めた当初と今では教え方が変わっていると思っています。自分自身も成長していますし、毎年一年を振り返って自分なりに反省しながら、改善できるものは改善しています。もちろん現場では一緒に付いてもらって学んでもらいますが、そのなかでも、オンオフのメリハリをつけて、休むときは休むよう区別したいと思っています。そういう規律やルールを守ることも重要だと思っていて、それができれば次のステップに進めると考えていますね。有機農業と関係ない部分も重視をしているつもりです。その点では伊勢村さんとは違うところもあるかもしれませんが、どちらも必要だと思っています。伊勢村さんのやり方は、有機農業の原点だと思います。一方で、最近の若い方々は学校でのスタイルや教育も変わってきているので、そこからまったく異なる研修だとついてこれないという状況も生まれいると思っていますね。また、社会に出るということは社会のルールがあります。有機農業をするから社会のルールは無視していいというわけではなく、その点もきちんと学んでほしいと私は考えています。
伊勢村有機農業で定住してもらうということは、地域のなかに溶け込んでもらう必要があります。周りの人の協力なくして有機農業はできませんので。昔は小規模に有機農業を行なっていましたが、現在は少子高齢化の波もあり、これだけ遊休地・耕作放棄地が増えてくると、個人的には小さい方がよくてもそれだけではだめになってきていて、より広い面積を視野に入れると私がこれまで行なってきた有機農業も変更せざるを得ないのかなと考えています。どれくらいの面積を有機農業でできるのか、と取り組んでいるという点では変更といえるのかもしれません。
田辺私も当初抱いていた「こういうスタイルで有機農業をやりたい」というものから今は大きく変わってきています。自分だけの世界でやっているうちは問題なかったですが、時代の変化や地域性をみていくと、周りも含めて取り組みに賛同していただかないと理解が得られないと思っています。そういう意味では、人を育てるという点でも、周りに見て頂けるようある程度形にしないといけない。人を惹きつける魅力も今後は必要になるでしょうし、その点も含めて有機農業をやっていきたいと考えています。
伊勢村昔の有機農業のやり方も変わってきていることもあります。周りの理解が必要という点では、昔は“結いの制度”といって、困っていたら助け合うという間柄がありました。それが有機農業が成功する原点でもあると思うので、そこも考えていかないといけないと思っています。
田辺

そこは重要なところで、いつの時代も周りとの関係は残していかないと、自分だけのスタイルというのは成功しにくくなると思っています。それと、今、時代は自然回帰に向かっていると思います。

伊勢村:人間性を重視する「ヒューマニズム」の世界ですね。
田辺:その点でも、原点に帰れるというのが有機農業だと思います。
伊勢村:そうですね、戦後の昭和50年代の人間関係と言いますか、日本の農業の原点をもう一度考えた有機農業をこれから創っていきたいと思います。

Q.このカレッジにはどのような人に研修生としてきてほしいですか。
伊勢村机上だけでどんなに農業ができると思っていても、フィールドでやる農業というのはまったく違いますからね。

やはり「農業者たる前に人間たれ」。そして、農業に真に興味を持ってくれている人、環境問題にも関心のある人ですかね。

田辺そうですね、そして本人が農業をやりたいという情熱を持っている人。本人にそういう思いがないとこちらも教えにくい。逆に技術がなくてもその強い思いがあれば、こちらも教えていきたいという気持ちになります。まずは農業に対しどういう思いを持っているのかを聞いた上で、なんとか農業で生計を立てたいという思いが見えること、それが一番重要だと思います。
最近は知識を高めてから、という人が農業に入ってくるというケースが多いです。入口はどこでもいいのですが、実際の現場はずっと厳しいことも出てくるので、それでもやりたいという人の方が成功もするし、こちらも応援することができます。
伊勢村現場で起きている事件は現場で起こっているのであって、卓上ではない。最初に学習して「こうした方がいい、ああした方がいい」と伝えたとしても、行動が伴っていないと理解できません。まずは動いてみること。そういう意味ではやはり行動力があって、農業に興味のあるということが大切ですね。

興味があれば、こちらが言ったことに対して、次のステップで自主的にやり始めると思いますし、それが見える人は将来的にも可能性があると思います。ただ、そこまで行くのに1年ではなかなか難しいと考えています。

今まで研修生を受け入れてきたなかでも、知識の面でものすごく勉強している人がいます。私たちはフィールドで作業してきたわけですが、研修に来る人は学習能力も高く、すごく勉強してきている人もいて、実際の現場とのギャップを感じる人もなかにはいるので、まずは自分で実際にやってみてはと思うことがあります。

田辺:確かに、知識があるから有機農業ができるかというと別だと思います。
伊勢村聞く耳を持つことは大事で、「自分が学習してきたのはこれだ」と自分の殻に閉じこもってしまう人は難しいですね。人の意見を聞いて、実際に行動できることが大切です。
田辺私のところにもその方面から来た研修生がいますが、自立後に経営となると苦戦して、実際には農業とは異なる仕事に就いている人がいます。考えることや勉強することも大事ですが、自然に合わせた自分の行動が伴わないと頭だけ先行しても難しいということですね。

Q.どのような人材を育てたいと思いますか。
田辺前提として強い思いを持った人に来ていただき、実際に有機農業がどういうものかを実感してもらいながら、この地域の有機農業を牽引できる人材になってほしいと思います。
伊勢村地域のリーダーになってほしいですね。少子高齢化により人材がどんどん少なくなっていくなか、農地や環境を守っていくという点で、グローバルな視点で地域をリードしていく人を育てていきたいです。
田辺逆にそういう人材を育てないと、今神石高原町でここまで有機農業が進んできているなかで、次の世代はそれ以上のことをやらないと将来的には確実に衰退の一途を辿ってしまいます。農業界のなかで強いリーダー的な存在がいないと、農業そのものが消滅していくおそれがあるので、このタイミングでカレッジから巣立った生徒が神石高原町の農業を牽引してくれる存在となることを期待しています。
伊勢村田邊さんの父親の代から続いている私たち有機農業グループの歴史を見ると、これだけ日本の農業の後継者問題が取り沙汰されるなか、私たちのグループの持続可能な農業には後継者が90%以上いる状態で、そこには何か魅力があるということです。生産者の後継者もいて、それを買ってくれる消費者の後継者もできている。二世代続いている会というのは全国的に見ても珍しいと思います。神石高原町の生産者と消費者のつながりというのはそれだけ深いものがある。だからこそ、ひと口に有機農業といっても、持続可能な農業、魅力を感じてもらえる農業をしながら、ただ単に土に触れるだけでなくて、町へ出て消費者と直接話をしながら自分で販売して、空いた時間はしっかり町の空気を吸って英気を養い、また帰ってがんばるという、臨機応変にできる人を育てていきたいと考えています。そのなかでの経験を元に、地域をどう動かしたらいいかという考えを持ったリーダーにもなってほしいですね。

Q.このカレッジにはどのような人に研修生としてきてほしいですか。
田辺:農業をどうしてもやりたいという熱い思いを持ってきていただきたいです。
伊勢村行動力のある人にきていただきたいです。卓上の学習はいろいろできると思いますが、その知識を現場に反映できるかどうかが問題になります。学習は二の次にして、まずは行動してもらいたい。実際に動いてみてもらって、その後の学習なら身に付くと思うからです。その他は、社会に溶け込める人、人間関係を築ける人、環境に配慮する人、目標を持った人、農業に興味がある人、でしょうか。
田辺そうですね、そして農業をどうしてもやりたいという熱い思いを持ってきていただきたいです。このカレッジ設立の思いとしては、この地域の農業を担い、牽引してくれる人を育てることです。ですから、とりあえず農業をしてみようというのではなく、たとえまったく農業を学んできたことがなくても、とにかく農業を何とかしてやっていきたい、という気持ちのある人に参加していただきたいです。
伊勢村「なぜ自分は神石高原町で有機農業をするのか」という考えを持った人ということですね。地球環境を守りながら、次世代の子どもたちを健康に育てていく、その命の源を作っているんだという自覚を持ってほしいと思います。それだけの気持ちがあれば、周りの人の気持ちも理解できるでしょうし、順応していける。そして集落の過疎問題を解消することにもつながっていくでしょうし、リーダー的存在にもなれると思います。
田辺一住民として地域に溶け込んで、高齢者もまとめながら自分もがんばっていくんだという思いがある人が理想ですね。もちろん難しいところもあるとは思いますし、こちらがどこまでサポートできるかにも寄るとは思いますが、その点も含めて一緒に育っていってほしいと思います。

Q.これからの神石高原町の有機農業の姿はどのようなものでしょうか。
伊勢村神石高原町では少子高齢化で遊休地・耕作放棄地が増えてきているので、法人化の流れも大切だとは思いますが、法人化できないような小規模な土地、便利の悪い土地も耕作していくことが、大きく言えば日本の自給率の向上につながると思っています。一方、有機農業は細かい作業が多いため、小規模な土地の方がやりがいがあるとも考えられます。その点では、まず新しく入ってこられる方には小規模な土地を有機農業で耕し、自給自足してもらいながら次の展開を考えるというのも一つの方法ではないかと思っています。
田辺今後、有機農業としてはいろんな形が考えられますが、神石高原町自体が過疎化の流れにあるなかで、耕作放棄地をどう解消していくかという問題が必ず出てきます。そこを考えていける人、さらには土地の状況を見ながら臨機応変に対応できるという感覚を持った人が入ってくれば、神石高原町の将来も捨てたものではないと思っています。
伊勢村また、神石高原町では年配の人で農業をやっている人も多いですが、それが有機農業でないからだめというのではなく、その人も農地を守ってくれている一人なわけですから、そうした農法にある程度理解を示していくことも大事だと思います。もちろん、将来的に農薬を減らして有機農業の方向に向かってほしいという気持ちはありますが、慣行農業などに携わる人の気持ちも理解できる人であってほしいですね。
田辺年配の人は技術をお持ちなので、慣行・有機にかかわらず、技術的にいいところは引き継いで次の世代に継承していければ、農業という大きな括りとして進展があると思います。私たちは有機農業を中心に行なっているわけですが、慣行農法含め、いろんな農法をするみんなが一体となって農業界が進んでいくというのが理想だと考えています。

Q.カレッジの研修生に期待することは?
田辺このカレッジをきっかけに新たな人材が育っていけば、生徒がゆくゆくは耕作放棄地を借りて耕作し始め、今の荒れている土地が再生していく。この流れが毎年続けば、さらに土地が必要になり、空き家が利用され住宅として人が増えていくという構造を考えています。これがうまくいくと、神石高原町は過疎化でなく一気に再生し、さらにはそれに伴う人が外部からも増えて、良い波及効果が生まれていくと考えています。
伊勢村これからカレッジを創っていく上で、農村環境を守っていくために、人間関係や環境問題などを含めたすべてにおけるリーダーを創り上げていきたいというのが一番にあります。有機農業、昔の農業を基本にし、技術・知識・知恵を兼ね備えた、気持ちを持ったリーダーを輩出していくことですね。
田辺カレッジの研修生が育っていった次の流れとして、モデルファームを創っていきたいと思っています。ある地域をモデル化し、有機農業で生産をしていくことで、有機農産物の生産量が上がります。また、ファームが拡大することで人材が必要になりますが、そこにカレッジから巣立った生徒が参入し、そのファームを牽引していく。その流れができればファームを拡大していき、荒廃地も吸収され、耕作放棄地の解消にもつながるとイメージしています。いずれにしても有機農産物の生産量が増えれば、いま全国的に有機に関心のある人が増えているなかで、そこへの供給が可能になりますし、2020年の東京オリンピックに向けた食材供給も視野に入れていける。大きく考えるとそうした展開も考えられると思っています。

Q.有機農業で大切なことをいくつかあげてください。また、その理由も教えてください。
伊勢村「有機農業=古来、続いてきた日本農業の形態を大切にすること」だと思っています。日本昔話にある「おじいさんは山へ芝刈りに……」という一説がありますが、「芝」というのは神石高原町においては笹のことなんです。笹は、稲の国、瑞穂の国・日本の稲づくりには必要不可欠なものです。笹にはケイ酸という成分があり、そのケイ酸を堆肥にすることによって健全な稲を育てることができます。ケイ酸を堆肥として田んぼや畑に施すというのは日本昔話からあるということなんですね。「おじいさん」は、田植えが済んだ夏の終わり頃、山へ芝刈りに行き、芝を持って帰って堆肥にする。芝を刈るということは、山を掃除することにつながります。近年、鳥獣駆除の問題が取り沙汰されますが、イノシシを例にして言うと、彼らは遊ぶ場所である里山がないんです。「里山」というのは人家があるという意味ではありません。「人と動物の共有の場所」が里山です。そこを整備しない限り、いくらイノシシを退治しても、イノシシの生活の場が失われているわけですから意味がありません。そういうところから考えていく農業が本当の有機農業であり、日本の環境すべてを考えた農業が必要だということです。ですから、これから指導していく人には、まず山から整備していく意識を持ってほしい。ただ畑だけの問題ではなく、海も山から流れる水によって正常化され、プランクトンなどの資源につながるわけで、すべては山から始まっています。そうした考えを持った人になってほしいです。
田辺そうですね、伊勢村さんの意見に重なる点もありますが、有機農業をするにあたって、愛農学園の学園長が常に言われていた「農業者たる前に人間たれ」という言葉がどれだけ重要かということを私自身実感しています。スタンスの問題になりますが、どういう形で有機農業と関わっていくのかという点を自分自身でしっかり考えないと「有機人」にはなれないと思っています。農薬・化学肥料を使わないから「有機」というだけでなく、人として、日常のライフスタイルも含め一つ一つの行動が有機的に行なわれているかというところも日々考えながら生活できる人が本当の「有機人」だと考えています。そうした点を、これから有機農業を担う方にも伝えていきたいと思います。

Q.有機農業と経営、マーケティングについてはどのような指導方針をお持ちですか。
伊勢村私たちが有機農業を始めたときは、町に出て直接消費者に説明をしながら有機農産物を販売してきたわけですが、現在はほとんどの販売者に理解して頂いていると認識しています。今の若い農業者たちは自分自身で自給自足し、余ったものをネットや宅配で販売していくというのが主流だと思いますが、個人では限度があると思います。やはりグループや結束がないと大きく販売していけないため、40年前から私たちは有機農産物グループを作り上げ、継続しています。さらに大手企業に対する販売も実際に動きが始まっていて、現在は生産したものに関しては安心して販売を見込めると考えています。
田辺時代が変わり、20年前とは大きく変わってきているなと感じます。町の人の意識も大きく変わってきていて、町のスーパーでは、以前は有機農産物は高いというだけで取引がなかったところも、今は有機農産物が置かれていないと客が来ないと言われています。大手企業から出荷依頼の話が入ってくることもありますし、その話をうまく留めておきながら生産体制が上がればうまくマッチングしていけると考えています。その点では、当カレッジで育った生徒が自立していくなかで販売に苦戦することも出てくると思いますが、その前に声をかけながらまとまって出荷体制ができれば、それほどマーケティングは困らないと考えています。
伊勢村今までの有機農家というのは孤立することも多かったですが、やはり仲間同士で話ができ、意思疎通できる体制や共同体ができれば、販売はそれほど難しくないのではと思っています。
田辺昔は共同出荷もありながら、それぞれが個々のやり方でやっていました。それはそれで個々の取引、顔の見えるつながりも重要視しながら、一つの農業会として神石高原町の人がまとまって出荷体制を作ることが今の時代の流れとしても必要なのかなと思います。

Q.かたつむりの会を簡単にご紹介ください。
伊勢村私が有機農業の道に入ったときは、安全なものを食べたいという消費者と有機農業をやりたいという生産者がいても、お互いの話し合いは皆無の状態でした。その時代に、有機農家と消費者とが一堂に会し、田邊さんのお父さんが主体となって「若土の会」を発足しました。「死に瀕した土を若返らそう」という考えのもと、生産者・消費者が立ち上がってできた「若土の会」が、現在の「かたつむりの会」の原形です。その後、ある程度の年数を経て、世代交代しようと12、3年前に「かたつむりの会」ができました。慌ただしい世のなかでも、もう一度ゆっくり物事を考えて行動しようという思いと、かたつむりの歯はコンクリートも打ち砕く力を秘めているという意味も込めて「かたつむりの会」と改名し、現在に至ります。世代交代の際には、生産者と消費者のそれぞれ後継者がお互い挨拶をして会を継続しているため、今でも良好な関係性が続いています。また、生産者においては後継者が90%以上いるという魅力のある有機農業組織なので、これにますます磨きをかけていきたいと考えています。
田辺まさに僕も二代目で、「若土の会」のときから関わっているわけですが、まず会に入って驚いたのは消費者と生産者の意識の高さです。それまで有機農業を勉強してきたわけですが、生産者が非常に高い意識で有機農業を行なっていて、しかも生産者と消費者がお互いカバーし合いながら会を継続しているということに驚くと共に、自分がこんな会に入っていいのかなとも思いました。やがて自分が生産者となって生産していくなかで、このつながりは重要なことだと考えるようになりました。「若土の会」から「かたつむりの会」になったときに、よりゆるやかな会にしていこうという体制に変わり、新しい会員の方も入りました。私も途中から会長という立場になって今に至りますが、自分自身もいろんな立場に置かれることで成長してきたということもありますし、自分の世代になるとどこかでなか心になって動かしていく必要があるのではないかと思います。せっかく農業しながら会ができて運営していくということは、どこかに自分の存在感ややりがいを表していくためにもなんらかの形で会に関わっていくことは必要だと思います。これから若い方が育って新たにかたつむりの会に入られたら、「自分で会を引っ張っていくんだ」という意識を持って取り組んでいただきたいと最近強く感じるようになりました。今後新しい人が増えれば、会全体も新しい時代に向けて進行していくと思います。新しい時代には新しい人が中心となって牽引していただくことが、後世につながっていく一つの形だと思いますし、そのときの中心になる人が出てこないといけないと思います。

Q.第一期生に対して、どのような期待をされていますか。また、役割があるとしたらどんな役割でしょうか。
伊勢村農産物をまとめてスーパーや大手に販売できる組織作りも進んでいます。

これからリーダーとしての自覚を持った人を育てていきたいという思いがあります。神石高原町にはすでに有機農業の歴史があり、例えば岡山県が有機認証制度を全国に先駆けて一番に制定したのも、神石高原町の有機農業をモデルに、岡山市の高松農協が始めました。また、全国でも有名な島根県・柿木村の有機農業も、リーダーとなる人は田邊さんのお父さんの下で研修し実績を上げました。そうした過去の実績とともに、現在の実績として、先述の「かたつむりの会」は生産者と消費者の顔の見える運動として継続していますし、町全体を網羅した組織として「オーガニック&メディカル七福神」というNPO法人を立ち上げ、農産物をまとめてスーパーや大手に販売できる組織作りも進んでいます。さらに、私のところで受け入れてきた研修生は、40年間に40人いて、それなりに全国に散らばって実績を上げているという事実があります。これからはこの神石高原町に定住し、リーダーとなってくれるカレッジの研修生に期待しており、リーダーとしてこれらの実績を継続していただきたいと考えています。

田辺リーダーというのは重要なところですが、すぐにリーダーになれるというわけではないと思っています。カレッジの仕組みは2年制で、1年から2年に上がり、その後自立していくという形になります。1年目はしっかり有機農業を学んでもらい、2年目は後輩が入ってくるので、自分の立場も考えながら少し意識を上げて、一年生に対し自分が成長した姿を見せながらがんばっていただきたい。その後に自立していくわけですが、そのときにリーダーになっていけるというのを感じていただけるのではないかと思います。そうして少しずつ成長していくなかで、リーダーとしての意識を上げていただき、できれば将来的には神石高原町の有機農業を牽引していくよう考えていただきたいと思っています。

Q.研修生への応募を考えている方へのメッセージをお願いします。
田辺:カレッジ卒業後もいろんなサポートを考えていて、販売は共同出荷ができます。
伊勢村私は研修生を受けるという立場上、少々無理をしながら遊休地・耕作放棄地を預かっている場所もあります。そこは責任を持って預かっているので、無駄にすることなく、有効に活用できるようがんばってほしいです。販売面や農地に対しても、ある程度の協力はできると思うので、安心してしっかり勉強していただきたいと思っています。
田辺有機農業ということを頭で考えると、環境保全や、持続的社会が成り立つ農業だと思っており、その点は若い方にも賛同していただけると思います。まずそこから入って実際の有機農業に触れていくと、現実はかなり厳しいところもあると思います。ただ、厳しいなかでどうやって生きていくかを考えていくときに、技術や暮らし方も含めしっかり考えていかないと難しいところもあり、また難しさのなかに楽しさもあると思います。そこを私たちと一緒に実践しながら、ともにやっていくことで自信もついていくと思うので、心配せずに入ってきていただければこちらも対応していきます。その点、気持ちはリラックスしてきてほしいですね。過去に何名も研修生を受け入れてきていますし、体制も取れているので、まったく一人でやるということはないです。カレッジ卒業後もいろんなサポートを考えていて、販売は共同出荷ができますし、実際のマーケティングなどについていろんなアドバイスもできます。その点は安心していただいて、よいと思います。神石高原町の有機農業体制としても万全な体制で臨んでいますので、楽しみに応募してほしいです。
伊勢村有機農業の過去の例を見ても、地域との意思疎通がなかったということで苦労して断念する人が多かったですが、私たちは過去40年間、集落や周辺の民家とも交流があり理解もあるので、その点は楽ではないかと考えています。ただ、そこは甘えずに有機農業の道を進んでほしい。そういう人に来てほしいですね。
田辺今回、このカレッジについては旧神石高原町上げて、自治会も含めてサポートしていきたいと話が進んでいますので、決して一人ではありません。リラックスして、しっかり考えながら取り組んでいただければ、これからの農業について将来的な展望も開けていくのではと考えています。