人が温かいんです。

神石高原町に移住して有機農業を営む
高橋洋人(たかはし ひろと)さん(1980年生まれ)とご家族

 東京の大学を卒業してから、自転車で日本中を回ったりしていたんですが、その後、尾道でマルシェに出店している伊勢村さんに出会って。いろいろと話をしているうちに、神石でイベントがあるから来てみたら、とお誘いいただき、そのイベントに参加したのが、神石に来たきっかけです。それで田邊さんともお話をして、その後2回くらい神石高原町に来て、研修生として勉強させてもらいました。
 神石の印象は“山里”、という感じですかね。
 研修は1年半ほどで、その後、独立して就農しました。いつか独立するんだから、「やったれ!」という気持ちでした。自分でやらないとわからない部分もありますから。田邊さんに独立の相談をしたら、「やりたいと思ったときが始めるとき」と言われて。気持ちよく送り出してくれたのは、ありがたかったです。
田邊さんのところで研修を受けて本当によかったな、と思います。普通は研修というと、草取りや単純作業ばかりやらされるということをよく聞いていたので。田邊さんのところではそういうことはなく、栽培のほかに、トラクターを使わせてもらったり、機械の扱い方などをいろいろと教えてくれたりしました。
 研修生になるんだったら、自分が独立するときのことを考えて日々の作業をやってほしいですね。それが自分のためになります。独立はやりたいときが始めるときです。
神石高原町の相渡(あいど)地区にある家と広い畑を紹介してもらって、それを借りて就農しました。現在、野菜を30種類ほど栽培しています。家も畑も借りるにあたってはいろいろな人に協力していただきました。ほんとうに感謝です。
野菜などの売り先もいろいろあって、経営的にはまあまあ。いまの生活は、自分でたいていのことは決定できるので楽しいですよ。
神石高原町の人たちはみんないい人で、ほんとうにいろいろと助けてもらっています。県外で就農した人の話をときどき聞きますが、私のように、サポートを受けているケースは珍しいと思います。神石高原に来てほんとうによかったな、と思っています。
これから研修生になりたい、と思っている人にアドバイスするとしたら、まず、神石高原町がどんなところなのかを、自分の目で確認してほしいですね。数回、来てみることです。そして、研修生として作業をするときは、自分が独立したときのことをイメージしながら、行なうということです。そうすると、自分が作業するときに楽ですね。
独立した後、わからないことがあっても、田邊さんや伊勢村さんにすぐに教えてもらえるというのも神石ならではといえるでしょう。人の温かさは、神石高原町のよさのひとつといえるかもしれませんね。


超すごい人がいる町

八木 響香(やぎ きょうか 1994年生まれ)さん

私は神石高原町までは車で1時間ほどの、福山市内にある実家から通っています。福山市は、広島県で広島市に次ぐ人口を擁する中核市で、新幹線も停車するとても便利な街です。私の実家は農家でもなんでもありませんが、食と健康という視点から、有機農業に興味を持ちました。農業の知識も経験も皆無の私を、研修生として快く受けてくださった、田邊真三さんをはじめとする神石高原町の方々には、心から感謝しています。
 田舎というと、私は祖父を思い出します。私が小さいころ、岡山県津山市の田舎の出身だった祖父が、孫の私たちを連れて山に行き、竹を切ってきて竹馬や水鉄砲を作ったり、ザリガニを釣る釣竿などを作ってくれました。孫の私たちにとっては、なんでもできる、『超すごいおじいちゃん』でした。他にも将棋やお手玉、おはじきなどの伝統的な遊びや、食事を粗末にしないこと、物を大切にすること、親兄弟や友達を大切にすることも、祖父母から教えてもらいました。この祖父母との体験があるから、田舎に魅力を感じるのかもしれません。
 神石高原町に通うなかで、たくさんの方にいろんなことを教えていただたのですが、祖父母が教えてくれていた時の感覚に、とても似ている気がします。「米っていう漢字は八十八って書くじゃろう。これは八十八の手間がかかるってことなんで。米一粒つくるのに八十八の手間がかかっとるんじゃけえ、粗末にしちゃならん。」と、残さず食べなければいけない理由を祖父は何度も教えてくれました。そういう時の感覚に、似ています。薪の割り方、イノシシの捕り方、藁を綯って作る鍋敷きの作り方など、地域の方々に教えていただくことは、どれも初めてで驚きの連続ですが、ノウハウだけではなくって、なにかもっと大切なことを教えてもらっているような気がします。
 神石高原町には、福山のような便利な街にいても、出会うことのない技術や知識を持っている『超すごい人』がたくさんいらっしゃいます。また、『すごい』と思うのは技術や知識の面だけではありません。私の研修を受けてくださった田邊真三さんは、有機農業の高い技術と知識をお持ちですが、何よりも、「人間も自然の一部であるから、自然に逆らってはいけない。」という考え方に、私は強く影響を受けました。きれいな空気や星空といった豊かな自然との暮らしはもちろん、地域のお祭りや交流会を通じて、たくさんの『超すごい人』との出会いを楽しんでほしいと思います。


神石高原町で有機農業を勉強しませんか

水元萌子(1992年生まれ)さん

私は24年間、神奈川県川崎市で生まれ育ちました。大学を卒業して働くなかで、都会の生活に疑問を感じたことや、もともと自然が好きだったので田舎暮らしをしたいと思いました。全国各地を探しているときに、たまたま神石高原町の地域おこし協力隊募集で有機の里づくり構想を知りました。有機農法にとても興味があったので、それを広めることで地域の役に立てることに魅力を感じました。協力隊に着任後は、有機の里づくり構想の事務局として日本オーガニックカレッジの運営に携わっています。

実際に住んでみてまだ1ヶ月(2017年7月現在)ですが、今までの生活との違いに、同じ日本でも留学をしているような感覚があります。おおきな違いは、①車②環境③人です。まず、①車については、今まで電車の生活がどこへ行くにも車の生活になりました。最初のころはナビを頼って細い山道を通ってしまいパニックになることもありました。運転はたいへんですが、後ろから来た車に道を譲ると、皆さんハザードランプをつけてくださり、そのやさしさに感動します。次に②環境については、毎日の生活で見るもの・聞くもの・嗅ぐものなどが全く変わりました。以前は、仕事帰りに見るのはデパートの服・満員電車・ビルの夜景でしたが、今では山や花の風景・星空・真っ暗な夜に出てくるいろいろな動物を目にします。耳にするものは、人混みの雑踏・行き交う車や電車の音から、きれいな鳥の声・虫の声・たくさんの木の音になりました。嗅ぐものも、朝のきれいな空気や川のにおいに感動しました。食べるものも、もらった野菜の味がすごく濃いことに驚いたり、例をあげると書ききれないほど違いがあります。そしていちばん違うと思うのは③人との関わりです。地域の行事に参加するたびに親戚が増えていくような感じがあります。行事だけでなく、都会ではただの従業員と客になってしまうお店や郵便局、ガソリンスタンドでも、いろいろな方とお話しができます。そとれほど皆さん親切にしてくださり、人とのつながりを感じます。また、各地域で自治についての思いが強いこともとても尊敬しています。言葉も文化も違うものばかりで慣れるまでたいへんなこともありますが、ほんとうに留学のような濃い体験をさせて貰っているなあと毎日思います。これから田舎暮らしに興味がある方には、見てみないとわからないことが多いのでぜひ一度体験しにきていただきたいです。そして一緒に有機農業を勉強していければうれしいです。